2014年5月21日水曜日

吉田銃器訪問 - そこは今なお職人技の世界




今回はいつもお世話になっているサイトロンジャパン山田氏のご厚意で実銃の世界を垣間見る機会に恵まれました。


田園調布駅から歩くこと15分程。急な坂道を上り下りしながら閑静な住宅街を抜けたところに(有)吉田銃器は静かに佇んでいました。山田氏の案内がなければ見落としてしまったかもしれないくらい静かな佇まいです。

入口に近づくと何かホッとするような、私の男心をくすぐるような香りを伴った空気が鼻をくすぐります。


その香りに誘われて中に入ると「おー」っと思わず声が出てしまうほどの空間が目の前に広がります。
端的に表現すると「古き良き昭和の機械加工工場」。ただアッセンブリーの部品交換しかできなくなってしまった現代の「修理屋」とは明らかに一線を画すまさに正統的な「修理工場(あえて“こうば”と読んでほしい)」の趣です。


まず作業の手を止めて私達を迎えてくださった吉田社長に挨拶をし、詳しいお話は吉田専務に伺いました。


創業は1970年(昭和45年)、大阪万博が開催された年でカメラや車などの世界でも「70年代の銘機、名車」が誕生したまさに日本の工業力が絶頂期だった頃の創業です。

そんな吉田銃器さんはもちろん銃の販売もされていますが、全国の銃砲店や銃の輸入元からのメンテナンスにかかわる仕事が多いとのこと。確かに頂いた名刺には「Repair」の文字がトップにきており「ベレッタ」の正規認定サービス工場でもあります。


傍らには完成品なのかこれから修理を待っているのか分解され丁寧に置かれた銃の姿もあります。


作業場の奥には手入れの行き届いた歴史を感じさせるフライス、旋盤、ベルト式研磨機など金属加工の「神器」とも言える工作機械が鎮座していてその光景と共に機械や床に染み込んだ切削油の香りが私の気持ちをどんどんと高揚させてゆきます。
以前お世話になっていた私が全幅の信頼をおいていた自動車屋さんもこのような感じでした。
本当に大好きです。この光景、この雰囲気!!


吉田社長の真剣な眼差しが光るフライス加工風景です。ハンドルの送り加減にはおもわず見入ってしまいました。写真からその臭い、音を感じて頂けたら嬉しいです。切削で出た切粉一つとっても私の心を掴んで離しません。

入口を入ってすぐの作業台での作業もまた素晴らしく(要は何から何まで素晴らしいのですが)私の目を釘付けにします。





研磨して組み付け、また再研磨して組み付け当たりを見る。この手間のかかる行程を面倒臭がらず何回繰り返すかが組み立て精度を大幅に向上させるコツだと以前聞いたことを思い出します。
また人間の指先の感覚は測定器をも上回る精度だとも。
ここではその言葉通りのことが黙々と続けられていました。

失礼とは思いましたが作業台の工具も見せて頂きました。私はハンドツール(手工具)にも目がなく自動車用工具にはもう随分と投資しました。


ハンマー、ペンチを含むヤットコ類、ヤスリ、貫通ドライバー、そして大型の万力、正面には私も重宝しているバイス・グリップ(バイス・プライヤー)の姿も見えます。やはりこの辺りが「神器」なのでしょうか。
どれも使い込まれていて雑多に置かれているようですが、きっと目をつむっていても必要な工具をピンポイントで手に取ることができるのでしょう。


そしてここ吉田銃器さんは作業場だけが魅力的なのではなく、冒頭でも紹介したように建物内の全てが歴史を感じることができる貴重なスペースとなっています。目をこらせばこらす程に魅力的な物が目に飛び込んできます。


額に入った「弾の標本」と思しきこちらは「歴史の証人」とも言える品なのです。
少し見づらいのですが赤丸で囲った小さな穴、実はこれ乱射された弾痕です。

1965年に起きた「ロイヤル銃砲店乱射事件」。その当時店内に飾られていた物で、警察と犯人との銃撃戦での弾痕だそうです。(“ロイヤル銃砲店乱射事件”で検索すると当時の様子が分かる記事が数多く出てきます。)
それが巡り巡って今はここの壁に「歴史の証人」として納まり銃に携わる皆のことを見守っています。

古いGun誌に広告が載っていました。
1965年7月号


まさに事件が起きた時の号。


ロイヤル銃砲火薬店となっていますが、車も取り扱っていたらしく広告には「Gun & Sports Car - Royal」となっています。



確かに1964年3月号を見ると社名も「ロイヤル商事株式会社」となっており大きく車の写真も掲載されています。

その他にも歴史を感じる物があちらこちらに点在しています。(ほぼ全ての物がそうなのですが)


別の壁には1975年当時の若かりし頃の社長の写真も。


こちらは年代物の「レミントン正規ディーラー」の看板。当時は全ての物に美的センスが感じられます。現代、このセンスはどこに行ってしまったのでしょうか。


ベレッタ、オリンピック関連のパネル。今はやりのアンティーク物を飾ったのではなく、ここの空気を吸ってここで時を重ねてきたことに大きな意義があります。
上に見える年代物の箱の中身は何なのでしょう。興味は尽きません。


勿論、銃も飾ってあります。しかし変な押し付けがましさが感じられず自然に空間に溶け込んでいるところが良いです。
電気ポット、コーヒーメーカーが置いてある横の壁に「銃」。なぜか全く違和感がないのが不思議ですが、ここに存在する物はここの空気の中で全て渾然一体になっている証拠です。


やはりありました。孤高のGun雑誌「旧月刊Gun」
この雑誌がなければトイガンも含めた日本の銃文化はここまで来なかったかも知れません。
それほどまでに影響力の大きな雑誌でした。


銃のパーツをガンブルーに染める液が入った鍋です。本当に何もかもが当たり前に渾然一体となって歴史として存在しています。


最後に目を奪ったのはこちらの工作機械。家内がそのメーカー名を親しみをこめて「イワシタさん」と呼んでいた物です。


用途は銃身上に付いたトップリブを薄く研磨するためのフライスのような機械。
トップリブは極薄なため加工後の物を後付することは不可能なので、厚い母材を取り付けそれを一定厚に研磨してゆくそうです。
この加工の為だけに存在する特注マシンだそうです。

いろいろ見せて頂き感じたのはこれ程丁寧な加工工程、作業ならば既成の新品の銃を一度完全に分解してもらい再度組上げ直してもらえば銃の精度、信頼性、安定性が大幅に向上するのではないかということ。車のエンジンもラインから出た物を分解、再組み立てするだけでそのフィーリングは大幅に向上します。要は一人の人間が一から十までを管理して丁寧な組立作業をするのでそのような好結果を生むわけです。
こちらでの作業を見て吉田専務にそのように伝えたところ「いやいや、うち位じゃそんなことはないよ」と謙遜されていましたが、絶対良くなることは間違いないと思います。

こうして私達にとって「物作り日本」をも感じた初めての銃砲店訪問が終わりました。
このような工房で熱意をもって販売、リペア、カスタマイズされた銃がユーザーの方々の手許に届き趣味としてのシューティングに花を添えてくれることを願ってやみません。

最後になってしまいましたが、吉田社長、吉田専務、吉田銃器スタッフの皆様、サイトロンジャパン山田様、お忙しい中、私共にお付き合い頂き本当にありがとうございました。


有限会社 吉田銃器 (http://www.yjl.co.jp/yjl/)

株式会社サイトロンジャパン (http://www.sightron.co.jp/)




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