2013年1月22日火曜日

INT202とMac


我家のオーディオの主軸を担っているのがDDコンバーターWeiss INT202とMacである。
このDDコンバーターの存在があったからこそ以前は毛嫌いしていたPCオーディオの世界に踏み込めたのも同然で、Mac+Audirvana+INT202の奏でてくれる音は俗に言われる「PCから再生されるデジタル音」の概念を一掃し、PCオーディオの更なる可能性を感じさせるに十分なものである。

そんなINT202であるがご存知の通り本機のPCからの入力は一般的なUSBではなくFirewireという規格で最近ではMac以外では見かけなくなった端子なのである。
PCがMacである理由はiOSの音が良いということもあるが、この端子が装備されているのがMacに限定されたという理由もある。しかしこのようなある意味不便さを差し引いても、それに余りある音質を提供してくれるのが本機なのである。

ところがそのMacが徐々Thunderboltという新規格の端子に変わり始めているのだ。現行のiMacからは既にFirewire端子は消えている。
元々、PCというものは簡単に言ってしまえば事務機で趣味のオーディオ機器とは対極に位置するものである。処理能力の向上で作業効率が上がることがなによりも優先されるべき機器で、そんな性格の物を趣味のオーディオに持ち込んだ訳だから「この規格は音が良いので、これから先もずーっとお願いします」と言う方が無理な相談なのかもしれない。
一応、MacからはThunderbolt⇔Firewireの変換アダプターは発売されているようだが「事務機」として使用するのならば必要十分であると思うが、オーディオ的見地からすると「どうなのかなー」の疑問符も付く。実際供給されるバスパワーも7Vで、従来Firewireの9V~で作動していたしていた機器に関してはバスパワーでの電源供給は難しくなる。

しかしいくら物申してもこの辺りの問題というか流れは我々にはどうしようもない。
私の個人的な対策としては、しばらく様子を見て、iMac以外からもFirewireが取り除かれてゆくような兆しが見え始めたら、Mac miniを予備機も含め2~3台手もとにストックしようかと考えている。
ちなみに現在稼働中のPCは古いiMacで前オーナーが先の大震災で落下させてしまい、仕事に使っていたということで大金をかけ中身をほぼ総取替えしたおかげで新品同様の動きをしてくれている。オーディオ以外には使用していないので当分は買い換えの必要は全くない状態である。

オーディオ、特にPCオーディオに興味のない人から見れば「何をそんなに悩んでいるのか」程度にしか映らないと思うが私にとってゆゆしき問題で、それほどまでに私を虜にしている音を奏でるDDコンバータ それがINT202なのである。

2013年1月21日月曜日

HDtrucksの憂鬱


我家の音源はこのところHDtrucksからダウンロードしたハイレゾ音源が主流になりつつある。
最初にハイレゾを聴いた時は、「音は確かに繊細で綺麗なものの、今ひとつパンチにかけるかな」という世間で俗に言われている評価であった。
ところが再生ソフトも含めてPCオーディオ環境が整い、次第に音もこなれてくると聴き込むにつれ「これからはこの音が標準じゃないの」という評価に変わり始めた。
音色、音の深み、音の強弱のメリハリ等々、これらの階調が手に取るようにはっきりと分かり、今まで聴き慣れていた楽曲がこんなにも複雑で、手の込んだ音作りをしていたのかということがはっきりと聴き取れ、それに伴いその曲を聴く感動もより深いものに変化していった。

大げさに言うと「音はガツンときて、パンチがなきゃ。それがあればあとは何も入らない」とJazz好きの私は長いこと考えてきた。しかしこのハイレゾの音に触れると、たとえJazzだとしても決してそればかりではいけないのなだと言う事を教えられた。聴き込めば聴き込むほど、もうCDのリッピング音源には戻れない程の説得力のある音である。

そこで登場するのがHDtrucksであるが、ネット上で多くの方々が言われているように日本からでは購入できない音源が多すぎるのである。特にユニバーサルミュージック傘下の比較的新しく、人気のあったCDをハイレゾ化した物にその傾向が強い。日本でも大々的にCD販売を展開しているユニバーサルミュージックからの圧力なのかもしれないが、英国HMVも経営破たんしたりとパッケージメディアの販売は明らかに翳りを見せ始めている。音楽のように形のない物の販売はいつの時代も権利の問題が発生しやすいし、それを分かりやすく整備することはそう簡単なことではないことも重々承知している。しかしインターネットやそれに伴うダウンロードがこれだけ一般的になった今日、ネット上にある素晴らしい音源を「とりあえず購入できなくしておけばいいや」的な考えで対処し続ければ、音楽産業自体がつまらないしがらみにより停滞してしまう懸念さえあるのではないか。

アナログ至上主義であった私をCDでは全く感じなかった音質と操作することの楽しさの両面から「デジタル」の世界に誘ってくれたハイレゾ音源をもっとアンチデジタル派の方々に聴いてもらいたい。それだからこそもっと欲しい音源が素直に購入できる環境が構築されるのを願うばかりである。

2013年1月16日水曜日

COLT ラトルスネークのイヤープレート


今年は巳年です。毎年、アンティークやガーデニングの製品を扱う気のきいたショップが発売するイヤープレートを購入するのですが、今年は手許にこれぞという「気のきいた」一品があったので自作することにしました。
CAW製 コルトSAA用木製グリップに付くラトルスネークを使ったものです。自作と言ってもローズウッド(そういえばブラジリアンローズウッドはワシントン条約で輸出入禁止になりましたっけ。)の板に向かい合わせに二匹のガラガラ蛇を取り付けただけ。これだけでは絵馬のようでイマイチ力感に欠けるので四隅に化粧ネジを付けたところ、これだけでぐっと力強さが増しました。
本当はこのネジ、拳銃のグリップのようにマイナスネジにしたかったのですが、ホームセンターレベルではブラックフィニッシュのマイナスネジは入手不可、しかしプラスネジではあまりにも味気ないのでヘキサゴンボルトとしました。そして出来上がったのが上の写真です。
ハガキサイズなのでスタンドに立てかけても良し、壁掛けも良し。干支が変わっても部屋のアクセサリーとしても使えますし、これで今年一年楽しめそうです。

今年は趣味の世界はどうなって行くのでしょう。オーディオ、モデルガン、音楽、映像、等々。
先日もイギリスのHMVが経営破綻したとニュースで報じられていました。音楽をダウンロードする消費者が増えたこと、ヨーロッパ経済の低迷で売上が伸び悩んでいたことが主な原因だそうです。
ちなみに日本の「ローソンHMVエンターテイメント」は資本提携がないので影響はないとされていますが、しかし本当のところは・・・な感じがします。
そういう私も音質の面でもCDには見切りをつけ(全部処分してしまいました)ダウンロードによるハイレゾ音源の購入に一本化してしてしまったくちですが。

そうは言っても「趣味は日々の彩り」です。「売れないから良い物が開発できない」「おもしろそうな物がないから買わない」という負のスパイラルに飲み込まれることなく各業界共にがんばってほしいと願うばかりです。




2013年1月12日土曜日

2013年新春ブラックホールを観て



先日ミリタリー、銃火器ファンにはお馴染みの新春ブラックホールに家内と一緒に参加してきた。
今回の大目玉は何と言ってもタニオ・コバ代表 小林太三氏とCAW代表 本郷能久氏の対談である。
規制に則った上でリアルなモデルガンを製作することの苦労、また両氏の今後の展望、CAWが満を持して発売するボーチャード・ピストルの紹介など予定時間を大幅に超過するほどの熱弁であった。そんな中で私が特に興味深く聞いたのはCAWがMGCより買い取った金型の話しだ。
金型はご存知のように製品の外装や内部構造物を製作するに当たり無くてはならない物で日本の金型技術はその精度において世界一(MGCの金型が全て国産かどうかは不明であるが)で、そこから作り出された製品もまた素晴らしい物であるはずだ。
しかし、MGCが活動を停止したことにより売りに出された金型はそれらには遠く及ばない代物であったらしい。
軒下に半分雨ざらし状態で置かれた物など、その内部面は雨水の浸入により「アバタ」状になり、そこから成型された製品は「アバタ」を除去するために全てサンディングしなければならなかったこと、同様の理由で金型の勘合精度も低下していて成型品の外周が「バリ」だらけな状態であったことなど、そこから製品としての完成品に持って行くまでの苦労は並大抵のことではないとのことだ。
今度製品を手にした方はそんな苦労も感じ取ってもらいたくなるような話しであった。

このような製品開発などの話しの後に質疑応答があった。その中である若者が「古い銃ばかりではなく今の若い世代にも馴染みのあるようなモデルを製品化する予定はないのか」のような質問があった。
これに対しての解答が「金型を新規に製作すると莫大な経費がかかる。今のご時世では元が取れず難しい話だ。」的なものであった。
私は個人的にはこの現実は分からなくもない。しかしこのような考えかたに終始してしまうとモデルガンが若い世代からどんどん遠ざかってしまう危険性があると思う。
「なーんだ。また古いモデルの再発売か。」この空気が蔓延してしまうことが怖い。モデルガンを趣味とする方々がだんだんと高齢化してきていることの一端はこんなところにもあるのかもしれない。
モデルガン業界の皆様にこの辺りをもっと前向きに考えて頂きたいと思うのは私だけであろうか。

しかし、オーディオの各ショーに比べれば、まだ若い世代層も多く、今から何らかの手を打ってゆけば、コアな世界だけにこれから先も続いてゆける「趣味の世界」ではないかとも思う。
偉そうなことを書いてしまったが、長きに渡りオーディオを趣味にしている私がオーディオという趣味の世界の二の舞にはなって欲しくはないという気持ちからあえて書かせて頂いた。

帰り道に通った大田区界隈。この辺りから世界一の金型が生まれているのである。

2013年1月8日火曜日

『タクシードライバー」のLD



映像ソフトの収集には興味がなかった私だがこの映画だけはためらうことなく手許に置き何十回となく観た。
1976年作品、ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシー・ドライバー」
今となっては再生もできないレーザーディスクであるが、ジャケット写真からは今も最初に観た時の衝撃が心を揺さぶる。こうして見た時、レコードと同じ30㎝というサイズのジャケットはやはりその存在感が絶大で今日のDVDやCDのジャケットは遠く足元にも及ばない感じだ。

「ロバート・デ・ニーロ扮するトラヴィス・ビックルは心に傷を持ったベトナム帰還兵、ニューヨークのタクシードライバーだ。彼が戦地で見たすさまじい暴力の世界は、彼を孤独な一匹狼に変えてしまった。汚れきった都会、通じない一人の女への想い。それらが入り混じった日々のフラストレーションと、14才の売春婦との出会いが、一人のタクシー・ドライバーをある使命感に支えられた過激な行動へとかり立てる。
この映画のクライマックスは映画史上、最も力強く、心深くしみ入る場面の連続である。」
(ライナーより抜粋)

これらのストーリーがバーナード・ハーマンの印象的な音楽をバックに観る者を一瞬たりとも飽きさせずに展開されてゆく。まさに70年代アメリカを鋭く切り取った名作だ。

また別の視点から観ると、「オタク」にもたまらない作品でもある。トラヴィスが身に付けている衣装やサングラス等の小物類、所々に登場する拳銃類、いつも履いているブーツのメンテナンスシーンなど、目をこらして観ていると「おっ、これは」の連続である。
そんな私も実物のタンカージャケットが欲しくてあちらこちらを探し回り、良き時代の渋谷のバックドロップでお客さんからの委託品を手に入れたことが想い出される。

今もこうやってジャケットを眺めていると、70年代という時代は良くも悪くも全てがが大きく揺さぶられていた時代だったんだなという思いがしてならない。