2012年5月31日木曜日

酒とバラの日々


我家のバラが見頃を迎えている。
ピエール・ドゥ・ロンサールという名のバラで香りは少ないものの、その花びらは幾重にも重なり素晴らしい造形を見せている。
私は妻のガーデニングの手伝いをする程度で、これといった知識もないが、このバラのただものではない佇まいは、知識などなくても誰が見ても直感的に「これは」と感じるものがあるだろう。

この何輪かを摘み取り部屋に飾ってあるのだが、それを眺めていて頭に浮かんだのが「酒とバラの日々」である。ジャズのスタンダード曲でオスカー・ピーターソンをはじめ、さまざまなミュージシャンが名演を残している。
そんな中で私がとりわけ好きなのがレッド・ガーランドのMPS盤「THE QUOTA」A面の2曲目の演奏。
我家のオーディオ・システムの調子を見る上でのバロメータともなっている1曲である。

「酒とバラの日々」 これはいったいどの様な生活なのか。手許には酒とバラさえあれば、あとはもう何もいらないという究極の選択か。昔、ポール・マッカートニーが「リンダ(亡くなった奥様)とマーティン(ギター)が傍にあれば(いれば)、あとは何もいらない」といっていたことを想い出す。
名声を含め、全てのものが手に入ってしまった人間の思いなのか。
それとも、酒とバラに囲まれたゴージャスな生活なのか。美しいバラを見ながらこんな下世話なことを考えてしまう。

庭のバラは今日も陽光を浴び大輪の花を咲かせている。

2012年5月29日火曜日

CDが消えた日


2012年5月 私のCDコレクションが消えた。
1983年にCDというメディアが誕生して今年で約30年になるが、アナログディスクに比してその音質に満足がいかず、その導入はずっと後になってからのため、付き合いはわずか15年程であった。

CDから急速に気持ちが離れていった理由は、ここ1、2年PCオーディオやネットワークオーディオに親しんできたことにある。
CDを直接CDプレーヤーで聴くよりPCに一度データファイルとして取り込んでから再生したほうが明らかに音が良いのである。

そんなことでここしばらくは新しいCDを購入しても、それをそのままCDプレーヤーで再生することはなくなっていた。
PCが現在のように一般的ではないCDが開発された当時、44.1KHz/16Bitの音楽データを記録できるメディアがたまたまCDであっただけで、音が良いからの理由で選択されたわけではないはずである。
ならばデジタル録音であるCDは広い意味で言えばPC録音のため、PCに戻してあげた方がより自然なことなのではないか。
ノイマンのカッティングマシンでカットしたレコードを、そのカッティングマシンを改造して作ったプレーヤーで再生すると音が良いという話しと同じである。

「PC音源にはジャケットがないから」という人も多いと思うが、一度その音の良さに触れてしまうともう二度とCD再生に戻れない。すると、今まで音源として所有していたCDが急に色褪せて見えてしまい、レコードと違いCDのジャケットには思い入れがない私はそそくさとCDの処分に走ってしまったという訳である。
そんなことで2012年5月は心に残る日となった。

写真にあるのは、唯一手元に残ったDuke JordanとPeter IndのWAVE盤


2012年5月16日水曜日

ジャズとコーヒーと吉祥寺


世の中にはとにかく極めないと、行くところまでいかないと気がすまない人達がいるものです。

写真にある二冊の書、左側が以前吉祥寺にあったコーヒー店「もか」店主、標交紀氏(故人)について嶋中労氏によって書かれた一冊。右側がこれも吉祥寺のジャズ喫茶「メグ」店主、寺島靖国氏の著書である。こちらのお店は現在も営業中で主人もいたって元気である。
タイトルはそれぞれ”コーヒーの鬼が行く 吉祥寺「もか」の遺聞”、”一歩前進三歩後退 JAZZオーディオ魔境の旅”である。

この二冊を読んで思うことは、この分野に興味、趣味のない普通の人からしてみたらお二人には大変失礼な言い方になってしまうが「バカじゃないの」と言われるのが関の山。
ただ私を含め自分の好きなこと、趣味に対して少々「行き過ぎ君」的な人から見れば「やっぱりここまでやらんといかんのかな」と妙に共感できる部分があったりする。好きなJazzでも聴きながら読むにはなかなか良い二冊である。

ところでジャズ喫茶全盛の時代から今日に至るまでコーヒーとJazzとオーディオは切っても切れない間柄である。そんなそれぞれのジャンルで頂点といわれる二人が吉祥寺という一つの街で同時に花開いていたことにやはり吉祥寺という街は他のどの街とも違うと思わせるものがあるのである。

一年程前まで、この「メグ」でのイベントに足げく通っていたがこのところご無沙汰している。何回かは家内と一緒に伺ったが店主の寺島氏との話しも盛り上がりなかなか楽しいひと時であった。
と同時にジャズというもので生活の糧を得るには「厳しく、無理がある時代になったな」ということも実感させられた時でもあった。

吉祥寺 また久しぶりに行きたくなった街である。

2012年5月9日水曜日

デジタルとアナログの共存

「デジタルもアナログも素敵だ」これが私の結論である。
世の中には「アナログでなければオーディオにあらず」、「PCオーディオなんぞはもってのほか」「パッケージメディアこそ至高」等々の意見があるようですが、私はここにきてそれが間違えだということに気づき始めました。

ここにきて我家のPCオーディオ環境もようやく整ってきました。PCオーディオといってもパソコン好きの方がやっているコテコテの物ではなく、今までのオーディオ装置に寄り添える簡素なシステムです。
私にとってはベストな状態の時は「どうだ参ったか」のような高音質なサウンドを奏でるも、不調な時は「音が途切れる」「途中で止まる」などというシステムには興味がありません。
PCオーディオにはどうもこの様なイメージがつきまとい、導入に躊躇している方も多いのではないでしょうか。安定した動作で難しくないシステムを私は理想としています。誰が何と言おうと「音楽再生機器」ですので。

こんなことを考えつつPCにリッピングしたJazzを聴いているとデジタルとアナログは、どちらがどうのと言わずオーディオは勿論、今話題の書籍の分野でももっと共存してゆく道を考えていくのが良いのではないかと思い始めましたのです。
LPやCDもある程度以上数が増えてくると管理も大変ですが、聴きたい盤を一発で探しあてるのに苦労します。特に紙ジャケットのCDは背文字が小さく何が書いてあるのかすらよく分かりません。
書籍に関しても同様です。私も音楽関係の本をよく読むのですが字が小さいものは年齢柄大変です。職場でも本を読まなくなったのはやはり同様な理由で目が疲れるからという人が何人かいます。

こういう時、ディスプレイに曲目、タイトル、文章が表示され、思い通りに文字の大きさが変えられるPCオーディオ、電子書籍は非常に便利です。
また電子書籍は文章と写真が連動していたり、資料写真に関する更に詳細な記載が別項目で開けたりと、従来の実書籍にはない利便性も魅力の一つです。
私が好きな長崎は「軍艦島」の写真集などは実書籍に加え、ネット上でも電子書籍の形態とは違いますが(本をめくるように閲覧できるわけではない)更に詳しい資料が公開されていて、これなどはまさに「電子書籍」ならではな感じです。
この写真集に関してはまた日を改めて書いてみようと思っています。

スマートフォンやタブレット端末など様々なものにリンクし1台で何役もこなし、その使い方にある意味際限がないのが「デジタル物」そしてそれ一つで形として物として完成の域に達しているのが「アナログ物」のような気がします。
せっかくこの様にそれぞれ特徴、魅力がある物たちですからお互いに淘汰しあうのではなく、それぞれに長く共存していってもらいたいものです。